コラボレーション・パフォーマンス「隔たりの消息-チェロと斧と絵画の響き」

◾️10月14日(月・祝日)開場14:30 開演15:00~17:00  協力: 楓ギャラリー 出演 ・安藤 榮作(彫刻家)… 斧一本であらゆる木を彫り刻み、具象抽象を超えて生命エネルギーを創造し続けている。 ・中川 幸尚(チェロ)… 元王立バンコク交響楽団チェリスト。帰国後は日本各地やアジアで活動する。 有料3,000 円 定員40 人(イベントは終了しました)  

隔たりの消息 中尾 誠 作品展

2024/9/21( 土)~10/14( 月・祝日) ● 9/21( 土)17:00~オープニングパーティー 12:00~19:00(月・火 休館日) *10/14(月・祝日)は開館 協力: 株式会社椿や、楓ギャラリー、中尾誠展覧会実行委員会 ・・・・・・・・・・・・・ 「隔たりの消息」 絵画の謎を巡って ひとりの画家、美術家が亡くなるということはどういうことか。作品を残して作家がこの世からいなくなる。まだ作品はアトリエとともに主人亡き空間の中に存在している。その意味とは何だろうか。 中尾誠は常に「自分の絵画とは何か」 「絵画の本質とは何か」をアトリエの中で問い続けていた人。中尾作品は油彩画だ。彼のスケッチブックや制作ノートから制作で日々格闘する様子が書かれた言葉から伝わってくる。さらに作品のプロセスをポラロイドカメラで撮って分析をしていた時もある。また、ノートにはハイデガーについてや世阿弥の言葉やパウル・ツェランの詩などが書かれている。中尾の関心は「感性」と「悟性」の統合ではなかったろうか。 中尾誠は日々「絵画の謎」を解析し、言語化するために様々な方法や知識を自分の中で反芻し、そして自身アトリエの中で作品を制作し、複合的な思考を重ねていた。この日常の行為全体が中尾が作品の主題・タイトルに使っている「隔たりの消息」なのだろう。 「隔たり」とは中尾が制作の中で描くことの出来ない「隔たり」という「距離」のことなのだろうか。「隔たり」の意味は極めて象徴的で重層的だ。その「隔たり」の中に制作を通じて消え入りそうな「消息」を聴くこと。それが 「隔たりの消息」ではないか。そして何かが生起する場所のことではなかったか。私にとっては未だ謎の言葉である。 京都場の中尾誠展は関西で初めてとなる。 中尾誠が到達した絵画作品を是非、ご高覧ください。 京都場館長・仲野泰生(元川崎市岡本太郎美術館・学芸員) ・・・・・・・・・・・・・・・・ 中尾 誠/ 略 歴 1937 年 東京都・世田谷生まれ その後福岡県・久留米にて幼少期を過ごす 1962 年 東京芸術大学美術学部絵画科入学 1965 年 安宅賞受賞 1966 年 東京芸術大学美術学部絵画科・山口薫教室卒業 1968 年 東京芸術大学大学院美術研究科・山口薫教室修了 1969 年 東京芸術大学美術学部油画科非常勤講師~ 1971 年まで 1972 年 横浜国立大学教育学部美術科教官に就任 1993 年 磯見輝夫・中尾誠2 人展( ギャラリー伸、鎌倉) 1995 年 個展「まわるくなって異なって」 ( ぎゃらりーセンターポイント、東京・銀座) 2003 年 横浜国立大学教育人間科学部美術科教授を退官 / 中尾誠退官記念展覧会「隔たりの消息」 ( […]