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SUMMARY:ウツシキ アヲヒトクサ 黒宮 菜菜 展
DESCRIPTION:2021年9月4日（土）〜　2021年10月10日（日）\n「黒宮菜菜　古事記の言葉から喚起される絵画」\n「今回の展覧会は古事記の中でも特に『青人草　アヲヒトクサ』という言葉にフォーカスしたいと思います。イザナキとイザナミの会話の中に出てくる人間を指す言葉で、青々した人である草と訳されています。人=草（木）という思想です。古代日本では人がこのような捉え方をされていたのかと、古事記を読んで一番の衝撃や感動はそこでした。」と黒宮菜菜は自分のアトリエで自作を前にして、このように語った。 「青人草　アヲヒトクサ」は日本が古代より温暖で湿潤の土地で、草木が四季を通してすぐに成長することを 暗に示している。そして草や木と同様に人間も。黒宮は人間の生命観を「アヲヒトクサ」と表現する古事記の 言葉とその世界観に感動したのだろう。 例えば「青」は、生命力が盛んなことを意味している。古代日本では「青」の色は緑色に近い。草木の緑色に 生命観や聖性を感じるのは、日本人的なアニミズムといえるかもしれない。ところが西洋では人は「粘土」と 表現された。 『旧約聖書』の「イザヤ書」では、「しかし、主よ。あなたは我らの主。私たちは粘土、あなたは陶工。 私たちは皆、あなたの御手の業」と述べられている。人を「粘土」と表す文化と人を「草」と著わす文化の違い。 古事記の「アヲヒトクサ」とは、西洋と何と異なる人間の起源説だろうか。 このように古事記の中の「世界・自然やモノの見方」を日本人の自然観の原点として捉えることもできる。 黒宮は過去の作品でも文学の言葉に感動し、そこからイメージを喚起させ、絵画として表現してきた。 黒宮は彼女自身の経験から生み出した絵画技法や素材から境界的な独自な絵画を描き出す。「いつも先ず文学の言葉に引き寄せられ、感動します。イメージはその後に構築します。美しい文章や面白いキーワードに触れると私の感情が高まります。そして、どうしたらその言葉の世界観を視覚化できるかと模索します」と黒宮は呟く。 本展覧会では古事記の「アヲヒトクサ」という言葉に感動した黒宮が、 イメージを紡ぎ、絵画としてどのように具現化したのかを是非観て いただきたいと思います。\n京都場 館長　仲野 泰生\n■対談映像上映「古事記に見る形態とは何か？」能勢伊勢雄VS黒宮菜菜 ＭＣ：おかけんた 　オンライン対談のショートヴァージョンの映像を常時上映します。\n※京都国際映画祭２０２１先行企画\n
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